カーボン紙で複写した遺言書はセーフ?アウト?最高裁が下した「意外なジャッジ」


2枚目に複写された方の紙を『遺言書』として残した場合、それは法律上有効か?

突然ですが、皆さんは「遺言書(ゆいごんしょ)」と聞くと、どんなものを思い浮かべますか?

ドラマなんかでよく見る、本人が万年筆や筆を使って白い紙にサラサラと手書きしたものを想像する方が多いのではないでしょうか。

法律(民法)では、自分で書く遺言のことを「自筆証書遺言(じひつしょうしょゆいごん)」と呼び、「全文、日付、氏名を必ず自分で書くこと(自書)」が絶対条件になっています。

では、ここで皆さんに問題です。

「本人がボールペンで書いたんだけど、下にカーボン紙を敷いて、2枚目に複写された方の紙を『遺言書』として残した場合、それは法律上有効でしょうか?」

「手書きなんだからセーフじゃない?」

「いやいや、コピーみたいなもんだからアウトでしょ!」

親族間の大金が動く骨肉の争いとなり、最終的に最高裁判所まで持ち込まれたこの事件。

平成5年10月19日、最高裁が出した結論は、私たちの予想を裏切る意外なものでした。

【事件の背景】なぜカーボン紙で遺言書を作ったのか?

亡くなったある方が、亡くなる前に遺言書を作ろうとしました。

その際、本人はこう考えたようです。 「1枚は控えとして自分で持っておいて、もう1枚を遺言書にしよう。

よし、カーボン紙を挟んで2枚同時に書けば一石二鳥だな!」

そして、1枚目の紙(原本)にボールペンで文字を書き、カーボン紙によって2枚目の紙に複写されたものを「正式な遺言書」として遺しました。

本人が亡くなった後、この遺言書が見つかります。

当然、親族の間でバトルが勃発しました。 「これは本人が直接ペンで書いた紙じゃない!ただの複写(写し)だから、法律が定める『自書』のルールに違反している!この遺言は無効だ!」

こうして、「カーボン紙の複写は『自書』と呼べるのか」という前代未聞の裁判が始まったのです。

【最高裁のジャッジ】「カーボン紙でも、本人の筆跡が残っていればセーフ!」

最高裁判所が出した最終的な結論は、なんと「有効(セーフ)」でした。

最高裁の判断(要約): カーボン紙を用いた複写であっても、本人がペンに筆圧をかけて、その筆跡がそのまま下の紙に転写されたものであるならば、本人の手によって直接書かれたもの(自書)と認めて差し支えない。 文字の偽造を防ぐという遺言の目的から見ても、本人の筆跡がはっきりと確認できるのであれば問題はない。

「複写=コピー」だからダメかと思いきや、最高裁は「本人の筆圧によって、その場で文字が紡ぎ出されているんだから、それは直接書いたのと同じだよ」という、非常に柔軟で本質的な判断を下したのです。

社長の目線:大事なのは「形式」よりも「本人の意思」

この判決を読んだとき、私は最高裁の「粋な本質主義」に深く感銘を受けました。

法律はお堅いルール(形式)がすべてだと思われがちですが、裁判所が本当に守りたかったのは「亡くなった本人が、自らの意思でその言葉を遺したという事実」です。カーボン紙を使おうが何だろうが、本人が一生懸命ペンを握り、筆圧をかけて書いたという事実に嘘偽りはありません。

ビジネスの世界でも、これと全く同じことが言えるのではないでしょうか。

社内の書類のフォーマットや、ガチガチの営業マニュアルといった「形式」にこだわるあまり、その裏側にある「本当の目的」や「お客様への想い」といった本質を見失ってしまうケースは多々あります。

「ルールだからダメ」と一刀両断するのではなく、「なぜそのルールがあるのか?」という本質に立ち返って物事を判断する。

平成5年の最高裁のジャッジは、現代の経営や生き方にも通じる、とても深い教訓を教えてくれている気がします。

とはいえ……! いくら最高裁がセーフと言ったからといって、これから遺言書を書く予定のある方は、トラブル防止のために絶対に普通に手書き(原本)で遺すことを強くおすすめします。

「カーボン紙の遺言書はセーフ」。

皆さんはこの最高裁のジャッジ、納得がいきますか?

それともやっぱりナシだと思いますか?ぜひご意見を聞かせてください!

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